第5回(2011年)日本物理学会若手奨励賞 (素粒子論領域)
受賞者は、衛藤 稔氏、金澤 拓也氏、森田 健氏の3名です。
受賞者: 衛藤 稔(理化学研究所橋本数理物理学研究室、研究員)
対象業績:「カラー超伝導状態におけるトポロジカルソリトンの分析と高密度物質相の研究」
対象論文:
[1] "Instabilities of Non-Abelian Vortices in Dense QCD"
M. Eto, M. Nitta, N. Yamamoto, Phys. Rev. Lett. 104 (2010) 161601.
[2] "Effective world-sheet theory of color magnetic flux tubes in dense QCD"
M. Eto, E. Nakano, M. Nitta, Phys. Rev. D80 (2009) 125011.
[3] "Color Magnetic Flux Tubes in Dense QCD"
M. Eto, M. Nitta, Phys. Rev. D80 (2009) 125007.
受賞理由:
近年QCDに基づく高密度核物質の物質相の研究は大きな進展を見せている。比較的低温で高密度の領域ではカラー超伝導状態が生じてお
り、特に3フレーバーQCDではカラーとフレーバーが結びついたカラー・フレーバー・ロック相が基底状態になることが指摘されている。
このような新しい物質相は、将来の重イオン加速器実験や中性子星の内部で出現する可能性があり、その性質を明らかにすることは重要な課
題である。
衛藤氏は、カラー超伝導状態に存在するトポロジカルに安定なソリトン解を調べることによって、この問題に対して重要な貢献を行った。
一連の論文では、まずカラー超伝導状態の有効理論であるギンツブルグ・ランダウ理論を出発点とし、ノンアーベリアン・ボーテックス解を
数値的に解きその解の性質を明らかにし、次にボーテックスの周りのゼロモードの解析からボーテックス世界面上の有効理論を導いている。
そしてこの理論をストレンジクォークの質量の効果を考慮した場合に適用し、もともと存在した三種類のボーテックスうちの一種類だけが安
定となり、ほかのボーテックスは急速に安定なボーテックスに崩壊してしまうことを示した。中性子星のコアではストレンジクォークの質量
の効果は無視できないため、この結果は中性子星の内部状態の理解にも重要な示唆を与える。
このように、衛藤氏の研究は高密度状態の物質相の研究に新しい知見を与えるものであり、若手奨励賞に相応しいものである。
受賞者: 金澤 拓也(東京大学大学院理学系研究科, 博士課程三年)
対象業績:「Dirac演算子の固有値分布にもとづいた有限密度QCDの普遍的解析方法の確立」
対象論文:
[1] ``Dense QCD in a Finite Volume'' N. Yamamoto, T. Kanazawa, Phys. Rev. Lett. 103 (2009) 032001.
[2] ``Chiral Lagrangian and spectral sum rules for dense two-color QCD'' T. Kanazawa, T. Wettig, N. Yamamoto, JHEP 08 (2009) 003.
[3] ``Chiral random matrix theory for two-color QCD at high density'' T. Kanazawa, T. Wettig, N. Yamamoto, Phys. Rev. D81 (2010) 081701.
受賞理由:
有限密度での格子QCDは、相対論的重イオン衝突でのクォーク・グルーオンプラズマ相の性質の理解、中性子星などの高密度天体の状態
方程式の決定、あるいは高密度領域でのColor-Flavor Locked(CFL)相などの新しい物質状態の解明、など様々な領域で重要になってきて
いる。このような現象の解析には、漸近的自由性が使える特別な領域を除いて、非摂動効果を取り入れることのできる格子QCDが最適のは
ずだが、有限密度実現のために化学ポテンシャルを入れる格子QCDには符号問題があるので、モンテカルロ法の適用が難しく、有限密度QCD
の直接的理解は進んでいない。QCDが直接解析できないこのような状況において、威力を発揮するのは有効理論の考え方であり、ゼロ密度
QCDにおいては、カイラル摂動論による解析が威力を発揮している。
金澤氏は、充分密度が高くCFL相が出現する領域に於いて、QCDの低エネルギー有効理論であるカイラル摂動論を用い、有限体積でのε展
開の手法によりQCDのDirac演算子の固有値分布というミクロな量とエネルギーギャップのようなマクロな量の関係を導いた(対象論文1)
。また、同様の考えをゲージ群がSU(2)の場合に適用し、その対称性の破れのパターンやそれに対する有効理論を決定し、固有値分布に関
する同様の関係式を得た(対象論文2)。さらに、この有限密度カラーSU(2)QCDのε領域を記述する新しいランダム行列理論を構築し、そ
れが固有値分布の関係を再現することを示した(対象論文3)。このように、金澤氏の研究は、格子QCDがうまく機能しない有限密度QCDを
低エネルギー有効理論により解析する方法を確立し、モデルによらない有限密度QCD研究の新しい方向性を打ち出した。カラーSU(2)の場合
は、格子QCDの数値計算が可能なので、ここで得られて固有値分布の関係式が再現できるかどうかなど、今後の研究の発展が興味深い。ま
た、このような研究から長年の懸案であった有限密度格子QCDシミュレーションに対するブレークスルーが出てくることを期待している。
このように、金澤氏の対象業績は、有限密度QCDのモデルによらない新しい解析方法を確立するという非常に重要な研究成果であり、若手
奨励賞に相応しいものである。
受賞者: 森田 健(Tata Institute of Fundamental Research, 研究員)
対象業績:「 1/D展開による低次元ゲージ理論のダイナミクスの解析とゲージ重力対応の検証」
対象論文:
[1] "Phases of one dimensional large N gauge theory in a 1/D expansion" G. Mandal, M. Mahato, T. Morita, JHEP 1002 (2010) 034.
受賞理由:
D+1次元Yang-Mills 理論を0+1次元にdimensional reduction することによって得られる行列模型は物理学のさまざまな局面であらわれる。
特にその有限温度のダイナミクスを理解することは、超弦理論の非摂動的な定式化やゲージ重力対応の解析にとって大変重要である。しかし
ながら、いくつかの数値解析はあるものの、この系の解析はあまり進んでいない。それは、低温では弱結合であるが激しい赤外発散があるた
め摂動論が適用できない一方、高温では強結合となり、やはり解析が困難となるからである。
森田氏は、Dが無限に大きい極限の周りの展開、すなわち1/D展開によってこの系の解析を試みた。具体的には、1/Dの2次までの展開を厳密
に計算し、その結果がD=3といった比較的小さなDの値に対しても数値計算とよく一致していることを見出した。また、閉じ込め・非閉じ込め
型の相転移が起きることを示し、ゲージ重力対応から得られる結果ともよく一致していることを示した。さらに、この手法の応用として、R
電荷に対する化学ポテンシャルがある場合のゲージ理論の熱力学をしらべ、化学ポテンシャルによる摂動論的な不安定性が非摂動効果によっ
て安定化されるメカニズムの解析に成功した。
このように、森田氏の対象業績は、1/D展開という簡単な手法が、場の理論から超弦理論・重力理論に至るまで広い範囲で応用できる可能性
を示唆している。興味深い重要な研究成果であり、若手奨励賞に相応しいものである。
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