第8回(2014年)日本物理学会若手奨励賞 (素粒子論領域)
受賞者 : 西岡辰磨 (プリンストン大学)
対象業績:「質量ギャップを持つ場の理論におけるエンタングルメント・エントロピーの研究」
対象論文:
[1] "On Shape Dependence and RG Flow of Entanglement Entropy,"
I. R. Klebanov, T. Nishioka, S. S. Pufu and B. R. Safdi, JHEP 1207, 001 (2012).
[2] "Is Renormalized Entanglement Entropy Stationary at RG Fixed Points?,"
I. R. Klebanov, T. Nishioka, S. S. Pufu and B. R. Safdi, JHEP 1210, 058 (2012).
[3] "Entanglement Entropy of a Massive Fermion on a Torus," C. P. Herzog and T. Nishioka, JHEP 1303, 077 (2013).
受賞理由:
エンタングルメント・エントロピーは、量子多体系の新しい秩序
パラメーターとして、素粒子理論・重力理論・物性理論など様々な
分野において最近注目されている。例えば、偶数次元の共形場理論
では中心電荷を用いて自由度を見積ることができるが、中心電荷を
定義できない奇数次元の共形場理論に対しては、エンタングルメン
ト・エントロピーをその代わりに用いて自由度を表すことができる
(F関数と呼ばれる)ことが最近分かってきた。しかし共形不変性を
持たない場の理論のエンタングルメント・エントロピーは、自由場
理論であっても解析がはるかに複雑で、理解はあまり進んでこなかっ
た。
西岡氏は以前から、質量ギャップを持つ系のエンタングルメント・
エントロピーのAdS/CFT対応を用いた解析を行っており、エンタン
グルメント・エントロピーの振る舞いから閉じ込め・非閉じ込め相
転移を見出す方法を明らかにした業績(JHEP 0701 (2007) 090)が
ある。今回は、それを発展させると同時に、場の理論の解析から一
連の優れた業績を挙げた。エンタングルメント・エントロピーを定義
する際に、系を領域Aと領域Bの二つに分けるが、このAの形に結果は
依存する。しかし、その依存性は一般には知られておらず、難問の1
つである。西岡氏は、高次元の共形場理論のコンパクト化をうまく利
用して、3次元自由場の理論におけるエンタングルメント・エントロピー
が、領域Aの形や質量にどのように依存するのか明確に決定し、AdS/CFT
対応を用いた解析とも整合することを確かめた(対象論文1)。さら
に、領域Aのサイズを理論の有効スケールとみなすことで、エンタン
グルメント・エントロピーの繰りこみ群の流れをスカラー場理論で解
析し、紫外固定点付近で傾きがゼロにならないことを見出した。これ
によって、最近話題となったCasiniとHuertaによるF定理の証明にお
いて用いられたエントロピー的F関数が、Zamolodchikovのc関数とは
大きく異なる性質を持つことが明らかになった(対象論文2)。また、
質量を持つ場の理論のエンタングルメント・エントロピーに対する有限
温度の効果に関してHerzogによって数値的に予想されていた振る舞いを、
自由フェルミオン場理論において解析的に証明した(対象論文3)。
通常のレプリカ法によるエンタングルメント・エントロピーの計算で
は超対称性を破る境界条件を課すので、超対称性の利点を生かすことは
難しい。しかしながら西岡氏は最近、超対称性を保つように境界条件を
変形させることで、超対称的レンニ・エントロピーという新しい量が定
義できることを3次元N=2共形場理論に対して見出すという先駆的な業績
(arXiv:1306.2958)も挙げていることを付け加えておく。
以上のように、西岡氏の一連の研究は、場の理論のエンタングルメント・
エントロピーに対して、新しい重要な知見を与えるものであり、若手奨
励賞に相応しいものである。
なお応募申請書には、対象論文として上記の第一論文のみ挙げられて
いたが、選考委員会で第二・三論文を加えるのが適当と判断した。
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