受賞者は本多正純氏、北原鉄平氏、野海俊文氏の3氏です。
受賞者:本多正純(Weizmann Institute of Science)
対象業績:「超対称場の理論におけるBorel総和可能性」
対象論文:
[1] "How to resum perturbative series in 3d N=2 Chern-Simons matter theories,"
Masazumi Honda, Phys. Rev. D94, no.2, 025039 (2016).
[2] "Borel Summability of Perturbative Series in 4D N=2 and 5D N=1 Supersymmetric Theories,"
Masazumi Honda, Phys. Rev. Lett. ,116, no. 21, 211601 (2016).
受賞理由:
場の量子論における摂動展開は一般に漸近級数展開であり, 意味のある値を求めるにはBorel総和法等発散級数の適切な処理法が必要である。しかし, QCD等の理論は, 摂動級数のBorel積分変換は積分路における特異性のため, 値に不定性が生じ, Borel和不可能と考えられている。最近, 局所化やリサージェンスの方法によりBorel和可能性に関する研究が大きく進展している。2本の研究論文において, 本多氏は局所化の方法を用いることにより, ある種の超対称性場の理論において様々な摂動級数がBorel和可能であることを証明した。まず論文1において, 本多氏は3次元球面上のN=2超対称Chern-Simons理論について, 局所化公式から得られたその分配関数からChern-Simonsレベルの逆数による摂動級数がBorel和不可能であり, さらにChern-Simonsレベルを虚軸に解析接続するとBorel和可能となることを証明した。また論文2では4次元球面上のN=2超対称ゲージ理論やsquashed5次元球面上のN=1超対称ゲージ理論に対し, 分配関数, Wilson loop等を局所化公式により求め, インスタントン数を固定したときの摂動級数のBorel和可能性を証明した。この摂動論的性質はQCDと大きく異なるものであり, 超対称場の理論の摂動論的性質を特徴づけるものである。このように本論文は自らが主導的に研究してきた局所化の方法を適用して場の理論における摂動論的性質を明らかにし, この分野の発展に大きな貢献をなすと同時に将来の発展を期待させるものである。以上より本多氏は若手奨励賞にふさわしいと判断した。
受賞者:北原鉄平(カールスルーエ工科大学)
対象業績:「ΔS=1の K中間子崩壊におけるCP対称性の破れへの標準模型予言の改善と超対称模型の寄与」
対象論文:
[1] "Supersymmetric Explanation of CP Violation in K → ππ Decays",
Teppei Kitahara, Ulrich Nierste, Paul Tremper, Physical Review Letters 117 (2016) 091802.
[2] "Singularity-free next-to-leading order ΔS=1 renormalization group evolution and ε_K'/ε_K in the Standard Model and beyond",
Teppei Kitahara, Ulrich Nierste, Paul Tremper, JHEP 1612 (2016) 078.
[3] "K→πνν in the MSSM in the Light of the ε_K'/ε_K Anomaly",
Andreas Crivellin, Giancarlo D'Ambroisio, Teppei Kitahara, Ulrich Nierste,
Physical Review D96 (2017) 015023.
受賞理由:
格子 QCD 計算の進展に伴い、近年、ストレンジネスを1変化させるK中間子崩壊におけるCP対称性の破れパラメータε’/εの計算精度が飛躍的に向上し、理論予言と実験結果とに大きな食い違いがあることに注目が集まっている。北原氏の一連の研究は、この問題に取り組んだものである。論文1では、この食い違いを説明しうる可能性として、超対称模型に着目している。とくに、クォークの超対称パートナーであるスカラークォークのアイソスピンの破れの効果を活用することで、LHC実験における直接探索の制限とは矛盾せず、また、これまでのフレーバー精密測定の結果とも矛盾しない超対称粒子の寄与によって、ε’/εのアノマリーが説明できることが明快に示されている。また、論文2においては、ε’/εパラメータをNLO近似で予言するのに必要とされるくりこみ群を、従来よりもより簡便に計算する手法が定式化されている。さらに、この手法を用いて従来は無視されていた次数の量子補正まで考慮した計算を実行し、ε’/εの測定結果が素粒子標準模型予言から2.8σ乖離していることを明らかにしている。論文3では、ストレンジネスを1変化させるK中間子崩壊におけるCP対称性の破れとして、KOTO実験で近い将来に測定されると考えられているK→πνν崩壊へのスカラークォークの影響を考察したものである。とくに、ε’/εの理論値と実験値との乖離とK→πνν崩壊との相関を考察することによって、スカラークォークに存在するアイソスピンの破れの符号を判別できる可能性が示されている。
北原氏の一連の研究は、ε’/εの理論値と実験値との乖離について、標準理論の予言の改善、シンプルな新物理における説明、今後行われる実験での新物理の判別、という各方面からのアプローチを行ったものであり、高く評価できる。これらはカールスルーエグループでの共同研究によるものであるが、北原氏の果たした寄与は相当に大きいものと認められ、ε’/εアノマリーを手がかりに標準模型を超える物理を探そうとする北原氏の強い意欲が伺えるものであった。これらの点を総合的に判断した結果、若手奨励賞としてふさわしいという結論に至った。
受賞者:野海俊文(神戸大学大学院理学研究科)
対象業績:「有効場の理論に基づく、インフレーションにおける重いスカラー場の影響の研究」
対象論文:
[1]“Effective field theory approach to quasi-single field inflation and effects of heavy fields,”
Toshifumi Noumi, Masahide Yamaguchi, Daisuke Yokoyama, JHEP 1306, 051 (2013).
[2]“Primordial spectra from sudden turning trajectory,”
Toshifumi Noumi, Masahide Yamaguchi, JCAP 1312, 038 (2013).
受賞理由:
インフレーションは、宇宙背景輻射の観測などから強く支持されており、観測による模型の制限なども急速に進展している。一方、インフレーションの起こるエネルギースケールが1014 GeVという高いスケールであることから、インフレーションを通して、高エネルギーの新しい物理を探索するという可能性もある。このような可能性を具体的な計算によって明らかにしたのが、野海氏らの研究である。彼らはインフレーション模型において、重いスカラー場との相互作用を考え、原始密度揺らぎの相関関数を計算し、スカラー場の質量への依存性を調べた。特に、3点関数のスクィーズド極限と呼ばれる運動量配位で現れる振動パターンから、重いスカラー場の質量が同定できることを示した。また、相転移などで重い場が励起された場合に、原始密度揺らぎのスペクトルの特徴が、インフラトンの運動項の構造と密接に関係することを明らかにした。これらの研究は、加速器実験などと相補的な役割を果たす、新しい高エネルギー探索手段として注目を集め、素粒子論・宇宙論の両分野に大きなインパクトを与えた。このような研究において中心的な役割を果たした野海氏は高く評価でき、若手奨励賞の受賞者としてふさわしいと判断した。