受賞者は宮地真路 氏, 佐藤芳紀 氏, 長井遼 氏の3氏です。
受賞者:宮地 真路(カルフォルニア大学バークレー校)
対象業績:surface/state対応の提案 / Proposal of the surface/state correspondence
対象論文:
“Surface/State Correspondence as a Generalized Holography,”
M. Miyaji and T. Takayanagi, Progress of Theoretical and Experimental Physics 2015, no.7, 073B03 (2015).
受賞理由:
近年,ホログラフィー原理は重力の量子論の構築に重要な役割を果たすと考えられている。AdS/CFT対応はAdS時空上の重力理論とその境界上に定義されるCFTの等価性を主張するものであり,ホログラフィー原理を具現化する最も知られた例である。特に,笠・高柳公式は,場の量子論における量子情報量であるエンタングルメントエントロピーを極小曲面の面積という幾何学的量で表すもので,ホログラフィー原理の深い理解をもたらすものとして注目されている。一方で,重力の量子論を構築するうえでは,境界がない時空に対しても,ホログラフィー的な記述を可能にするような枠組みが必要であると考えられる。
対象論文は,(c)MERAとAdS/CFT対応の類似性を動機として,境界があるとは限らない任意の時空上の重力理論の構造と,場の量子論の量子状態の間の対応についての新しい枠組みを提案した。この提案によれば,時空が(一般には非局所的な)ある場の量子論のヒルベルト空間に対応すると仮定したうえで,時空内の任意の余次元2の凸曲面にこのヒルベルト空間のある量子状態が対応する。これをsurface/state対応と呼ぶ。このとき,この曲面の部分領域に対応するエンタングルメントエントロピーは,境界をこの領域の境界と同じくする極小曲面の面積で表される。これは,この曲面がAdS時空の境界である場合には笠・高柳公式に帰着し,笠・高柳公式の一般化になっている。最近,この一般化された笠・高柳公式は,CFTをTT変形した場合において定量的に検証された。
本論文のsurface/state対応の提案は,境界のない時空上の重力理論に対するホログラフィー的な記述を定量的に行うことを可能にし,例えばdS/CFT対応へ応用できる。また,重力の時空は量子状態の様々な分布により現れるという理解を導き,特別な例としてAdS/CFT対応のより精緻な構造を与える。このように,本論文は非常に独創性が高く,当該分野の研究の発展に大きな影響を与えている。また,宮地氏自身もその後当該分野で関連した多くの業績をあげている。これらの点が高く評価された。
受賞者:佐藤芳紀(National Center for Theoretical Science)
対象業績:境界やdefectがある場合のC定理の研究 / Studies on defect C-theorem
対象論文:
[1] ``Free energy and defect C-theorem in free fermion,’'
Y. Sato, JHEP 05 (2021), 202 [arXiv:2102.11468 [hep-th]].
[2] ``Free energy and defect C-theorem in free scalar theory,’'
T. Nishioka and Y. Sato, JHEP 05 (2021), 074 [arXiv:2101.02399 [hep-th]].
受賞理由:
くりこみ群のflowは不可逆であるため,C関数と呼ばれる単調関数の存在が期待される。C関数の存在を主張するC定理は,2次元ではZamolodchikovにより証明が与えられている。高次元では,S^d上の自由エネルギーFがC関数であると主張する一般化されたF定理が提案され,紫外固定点でのFが赤外固定点でのFより大きいという弱い意味でのC定理がd=3,4でのみ証明されている。
p次元のdefectがある場合には,defectに局在したrelevant演算子によるくりこみ群のflow(defect RG flow)が考えられる。先行研究では境界やdefectによるentanglementエントロピーの増加分がC関数であると予想されていた。これに対し対象者を著者に含む[Kobayashi, Nishioka, Sato, Watanabe’1810]ではこの予想に対する反証を与え,自由エネルギーの増加分がC関数であると予想した。
対象論文で佐藤氏は,自由スカラー場[2]および自由フェルミオン場[1]という最も簡単な理論でこの予想を詳細に検証した。d次元平坦時空上のp次元defectのある理論をH^{p+1}xS^{d-p-1}上にmapし,双曲空間H^{p+1}の境界での場の振る舞いからNeumannおよびDirichlet境界条件を定義した。境界条件として共形defectを分類することで,ブートストラップ法によるdefectの分類が再現されることを示した。またNeumannおよびDirichlet境界条件のもとで,H^{p+1}xS^{d-p-1}上の自由エネルギーを(時空次元dやdefectの次元pの選び方によらない)ζ関数正則化を用いて計算し,Neumann境界条件とDirichlet境界条件での自由エネルギーの差がC関数であることを確かめた。
対象論文[1,2]で検証された予想を提案した論文[Kobayashi, Nishioka, Sato, Watanabe’1810]にも対象者は著者として含まれており,これら一連の研究が高く評価された。defectのある共形場理論に関する研究の進展が期待される。
対象者:長井遼(大阪大学大学院理学研究科)
対象業績:標準模型からの拡張有効理論と摂動的ユニタリ性 / Generalized Higgs effective field theory and perturbative unitarity
対象論文:
[1] “Scalar and fermion on-shell amplitudes in generalized Higgs effective field theory”
R. Nagai, M. Tanabashi, K. Tsumura, and Y. Uchida, accepted in PRD, hep-ph/2102.08519
[2] “Symmetry and geometry in a generalized Higgs effective field theory: Finiteness of oblique corrections versus perturbative unitarity”,
R. Nagai, M. Tanabashi, K. Tsumura, and Y. Uchida, Phys. Rev. D 100, 075020 (2019)
[3] “Does unitarity imply finiteness of electroweak oblique corrections at one loop? Constraining extra neutral Higgs bosons”,
R. Nagai, M. Tanabashi, and K. Tsumura, Phys. Rev. D 91, 034030 (2015)
受賞理由:
素粒子標準模型を超えた新物理を記述する有効理論として広く用いられる標準模型有効理論およびヒッグス有効理論は,標準模型粒子の生成崩壊過程に現れる新物理効果を系統的に計算できる枠組みである。長井氏は,標準模型には含まれない新粒子の生成崩壊も計算できるよう,任意のスピン0, 1/2 新粒子を従来の有効理論に加えた“拡張ヒッグス有効理論”を構築した。
対象業績 [1] では電気的に中性のスピン0粒子を含む拡張有効理論を構築し,ヒッグス結合の間にユニタリ和則が満たされるときにはSTパラメタが1ループで有限になることを示した。続く対象業績[2] では電荷を持つスピン0粒子を含む拡張を行なった。このとき,有効理論のパラメータ空間を,場を座標とする内部空間とみなして整理した点が新しい。一般に,複数の場を含む有効理論を考える場合,有効相互作用の記述には場の再定義による見かけ上の不定性が伴うが,有効相互作用を場の変換に対する共変量を用いて定義することにより,余分な不定性を初めから除いた見通しのよい記述を与えた。このような定式化は従来のヒッグス有効理論においてはなされていたが,標準模型粒子以外の扱いについて明確化した。拡張有効理論の内部空間の幾何と対称性の関係から,高エネルギー極限におけるボルン近似散乱振幅の構造と,1ループ輻射補正に生じる紫外発散の構造との間に,非自明な関係があることを発見した。さらに対象業績[3]では,任意のスピン1/2粒子を付加する拡張を行い,フェルミオン的自由度を記述する計量に対して正規座標を導入した。これは世界で初めてのものである。
引用数においては論文[1-3]は必ずしも目立つものではないが,長井氏の別の論文で,有効場の理論,ユニタリ和則という広い意味では問題意識を共有する研究が比較的引用されていることも考慮した。構成された拡張有効理論を用いることで,標準模型を超えた新粒子や暗黒物質の探索のための理論研究へのさらなる成果が期待される。これらの点が高く評価された。